僕の親友が教員を1ヶ月でやめた話

僕の親友が1ヶ月で教員をやめた

昨日以前通っていた大学の親友と数ヶ月にご飯に行った。僕がまだ留学していた4月から、「朝早く来て掃除をしなければいけない空気の話」「強要される飲み会の話」「土日に化粧してた生徒が先生六人に囲まれて公開説教された話」「スマホを嬉々として没収する先生の話」「経験もない部活の顧問になりどうして良いかわからない話」など様々な話をききながら、頼むから心を壊さないでほしい、無理をしないでほしいという気持ちでいっぱいだった。彼自身このままではおかしくなってしまうと感じ4月いっぱいで退職し、今は学習塾で勉強を教えている。

大学時代

大学時代を通じて彼は「高校の国語の教員になる」という目標をもち、1年生から学習塾でアルバイトをはじめ、学習ボランティアをしていた。また、現実世界と隔離された「国語」という授業が実は最も思考力を鍛える上で重要であるという仮説に基づき、模擬授業や学習塾での授業では常に「勉強を教える」だけに止まらず、読んだ作品の時代背景や歴史、書いた人物の性格などを踏まえ、なぜこうした作品になったのか、現代の我々に通ずる部分はあるのか、何がこの文章から学べるのか、などを考慮した授業を行っていた。彼こそ「教育者」にふさわしいと僕は思っていた。彼は無事教員採用試験にも受かり、高校の国語教員になるという目標をかなえるに至った。

描いていたものと現実とのギャップ

基本的に学校・職員室というものは何十年も前に作られた文化を踏襲し続け、頭を使わずそれに馴染むか・やめるか、の二択しかない状態になっているようだ。まず、部活のアサインは前年度人気がなかった部活に新人がアサインされる。彼の場合経験のない部活にアサインされた上、副顧問も臨時採用の教員であり、部活を教える以前に選手の登録方法や大会への参加方法などから全て自分で調べなければいけない状況になってしまった。

2つの意味での「縛り」も彼にとっては苦痛で仕方なかった。1つは彼自身が感じる職員室における「縛り」、もう一つは学校が生徒にかける「縛り」だった。彼自身が感じる縛りは「職員室のカルチャーに染らなければ生きていけない」というものだった。例えば、月曜日の朝礼の時間、名簿を持って生徒一人一人の服装チェック、化粧チェック、体の隅から隅までチェックする会というものがあったらしい。ある一人の女子生徒は日曜日にアイプチをつけていて、それが月曜日に取りきれなかった。それを見つけた先生が彼女を前に連れ出し、六人くらいの先生で取り囲み、「なぜアイプチをつけたのか」と詰問。彼女は泣き出してしまった。その後先生たちは職員室で、「なんで化粧なんかするんすかねー」と雑談。また、週に1回程度昼休みに学校内を巡回し、スマホを持っている学生からスマホを没収するという「生徒指導」があった。彼と同じく1年目の教師は嬉々として「今日は3台狩っちゃいましたよ」と言っていたらしい。彼に関しては職員室に「順応」したのだろう。

ある時、飲み会が催された。その翌日彼は顧問をする部活の大会があったために欠席にしていた。すると先の同期教師に「出た方が良いですよ・・今後に響きますって」。結局面倒だった彼は飲み会の参加をフォームに記入すると、上司に「賢明な判断でしたね」と言われた。飲み会では校長、幹事などが校歌を高らかに歌い、「フレーフレー◯◯高校」と応援していたらしい。また、朝礼30分前の8時に出社していたところ「一年目なのだから掃除をするべき。もう30分早く来た方が良い」と上司に指摘され、翌日掃除をすると「そういうのは同期と足並みを揃えてやらないと、そんなのもわからないの?」と。

そりゃやめるよ

言っておくが彼はこんなわけのわからない校内政治?だったり、理解のできない校則(拘束)を受け入れ生徒を強制したくて学校の先生になったわけではなく、純粋に国語が教えたかった。しかし、授業準備の時間は確保できず、それどころか「先生」という職業以外のところでのストレスでやられてしまい、勉強を教えるどうこうの話ではなくなってしまった。周囲の教員は部活に精を出すあまり授業準備をほぼしないなど、本業は疎かでも良いという文化も彼を苦しめていた。

パッションある教師を潰すな

この例から見えてくるのは中学・高校の部活だったり、伝統的な企業などと全く同じ「年上は正義」という文化であり、「子供は縛らなければいうことが聞けない」という「縛る内容」を無視した議論だったり、かなり昔から変わらないことが現代の教育現場でもはびこってしまっているということである。僕の友人にはかなりのパッションを持って教員になった人が多くいる。皆大学時代理想を描き行動して来た人たちばかりだ。しかし、そうした人「だからこそ」続けることが困難になってしまっているのではないか。

学校って意味ないよね

僕は学校って本当に必要なのかなと改めて思わされた。正直小中高の授業から学んだことは一つもなく、全て本を読んで、自分で勉強をしてきたし、なんら困ることはなかった。強いていうのであれば、学校という「同年代が集まる箱」は知り合いを作るという意味で大切だったかもしれないが、少なくとも四十人並んで授業を受ける必要もなければ、学校の校則という50代60代の人たちが決めた前時代的なルールに従うためにいくものではない。学校がなんのために存在しているのか、考えないといけない。

自分の考えていた理想とこれから

僕は学校の先生とはメンタリングのプロフェッショナルであるべきだとは思うが、授業はプロフェッショナルでなくて良いと思うし、いろんな雑務や部活も全くプロフェッショナルである必要などないと思う。ここでメンタリングのプロフェッショナルとは基本的に個別最適化したオンライン授業のようなものを「学校という箱」で同時に受講し、それをGoogle classroomを用いて教師(メンター)が進度をチェックし、適切な方向へ自走できるようにするというものだ。それはお金の計算をしたり、運動会の準備をしたり、教室の掃除をしたり、部活の顧問をしたりするような彼らのプロフェッショナルから外れたものは全て排除し、彼らの持つプロの部分に仕事をしてもらおうというものだ。

これからやると決めたこと

とはいえそんなことにはならないだろうから、今後できる限り多くのパッション溢れているがやりたいことができていない学校の先生、またそれゆえにやめてしまい今もがいている元先生にインタビューをし、コネクションを持ちたい。一つにこうしたリアルな情報を外部に僕の手で伝えていくという部分と、もう一つにこうしたパッション溢れる人同士が繋がれる場所を提供するということ。最後にもう一つ、もし今もがいているのであれば具体的な代替案を一緒に考えサービスや機関にしてしまおうというもの。一緒にやってくれる人、連絡待ってます。

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