Standpoint theory(立場理論)のカリキュラムへの応用

今回読んだ論文について

今回はWayne Auという人が書いた”Developing Curricular Standpoint”という論文を読んだ。この論文では、従来フェミニズムの文脈で語られていた「立場理論」を教育におけるカリキュラムに応用し、論じたものである。

そもそも立場理論とは

フェミニズムが抱える問題に、問題を指摘しても男性の側から、「それは主観的だ」などという理由で頭ごなしに否定されてしまったり、感情論で否定されてしまったりというものがあった。そこで、フェミニズムでは「立場理論」というものが流行った。立場理論では「その人固有の経験を大事にする」のを第一にしている。そもそも議論をする際には必ずmainstream(主流)とfringestream(傍流)がいて、大抵、傍流の方の理論は主流から見ると「意味が通らない」として一方的に批判されてしまう。でもこれは本当に正しいのだろうか?そもそも社会問題を論じる際には、弱者の立場から意見を出した方が主流の抱える問題を指摘できるのであって、そこを頭ごなしに批難していては全く議論は前に進まないのではないか。立場理論はその問題を解決するために生まれた。「経験こそ大事にするべき」だと。

立場理論とカリキュラム

学校の教育カリキュラムの構造的な問題として、dominant group(支配者)が内容を決め、subordinate group(従属者)はそれに従わざるをえないというものがある。つまり、カリキュラムそれ自体がdominantに優位なように決められているため、subordinateにとって不都合な場面も多々あるだろうということなのだ。そこで、この問題に対する解決策に立場理論を用いた。筆者は5つの理論を提示していて、列挙すると

  1. 私たちの社会への理解は出身の社会階層によって制限されたり、また理解が容易になったりする
  2. カリキュラムはそもそも支配者側をサポートしているので、被支配者側と矛盾が起きるのは当然である
  3. カリキュラムに含まれるコモンセンスも支配者側によって作られた歪んだものである
  4. 立場というのは常に権威に対して闘争することにより生まれる
  5. 立場理論は人間を自由にする可能性をもち、他者に対する理解を深める

立場理論を用いたカリキュラム

あるアメリカの学校のライティングの授業ではアフリカ系学生の成績が芳しくなく、また彼らはやる気を失っていた。しかし、これには原因があり、彼らが普段使う言語とフォーマルな英語の間には大きな違いがあり、学校の風潮として「英語は素晴らしく」「アフリカ言語は劣っている」というものがあることにより彼らのやる気を阻害しているというものだった。そこでライティングの教師はアフリカ系学生に授業とは別に、「どのようにして英語がステータスをもち、君たちの母語が劣ってしまっているように感じられる世の中になったのか」についてドキュメンタリーや歴史的な資料を元に説明していった。するとそうした背景を知ってから学生はやる気を再び取り戻し、授業に向かうことができるようになり、結果的に成績も上昇したということだった。

まとめると

立場理論は特に「グローバル教育」だとか「ダイバシティ教育」だとかいう分野にはすごく親和性が高いのではないだろうか。結局グローバルとかってメインストリームを基準にして「グローバルってこれだよね!」というコンセンサスをとっているに過ぎない。そうではなく、立場理論を応用し、マイノリティが感じた経験はどういったものなのかを探ることにより、より多様なグローバルに対する理解が深まる可能性は高いのではないか。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする