社会学考察:学力格差はどう生まれ、どのように克服していけるかという問題について。

授業内とかで論文を読んだり、少しずつ先行研究レビューを進める中で個人的に考えていることをまとめていくと、こんな感じのイメージが出来上がってる。

まず家庭環境(文化資本 + 経済資本)が子供の学習能力をある程度規定する。この際、能力も「努力する」能力もある程度定まってしまう。今回の論文、前回論文から考えるに教育がコモディティ化していく、資本主義化していく中で徐々にメリトクラシー(能力と努力が社会階層を規定)からペアレントクラシー(親が子供の社会階層を規定)の世の中になって来ている。こうして中学校くらいまでについた差は高校、大学に連れ、属するコミュニティを変え、出会う人の質を変えていく。将来的により高給取りな職業に就く人たちと高校・大学で出会っていくようになるのだ。

これが今度は社会関係資本の差になる。グラノベッターの”geting a job”に寄ればどれくらい「弱くて薄い、でもたくさん情報をくれる紐帯(つまり人脈)」を持てているかが将来職業を探す上で大きな影響を及ぼすという。こうして稼げる人、稼げない人、という差が出てくるのではないか。稼げる人はまた子供に教育投資をできるし、社会関係資本や親から受け継いだ文化資本に基づき、それらをそのまた子供へ伝達できる。再生産されていくわけだ。

今のところ、これの解決策は制度によるものしかない気がしている。が、僕はe-learning(オンラインでの学習)がそれらを大きく動かすきっかけになるのではないかと思っている。僕自身、専攻は経済学と社会学だが、データ分析やプログラミングの勉強がしたいがためにオンラインで学習している。昨今オンライン学習のコンテンツが増えて来たので、いかに自らで学習を続けられるか(擁護的には自律学習、autonomous learningやself-regulated learningという)が最も大事になり、教育機会に恵まれていなくても、この「自ら学習を続ける力」を何らかの方法で伸ばすことができれば、社会階層による差を超えて、本来的なメリトクラシーを実現できるのではないかと僕は考えている。

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