努力の天才の真実~努力の階層差~

苅谷剛彦氏の論文、「学習時間の研究ー努力の不平等とメリトクラシーー」を読みました。

なんだかんだ「努力したらなんだってできる!!」「努力だけは平等!」って信じたいですよね。でも、その平等神話を守り続ける努力すらも生まれ落ちた環境によって規定されているとしたら・・・・・・・

「学習時間の研究ー努力の不平等とメリトクラシーー」では、努力を量的に測るために、高校生の学校外での学習時間に注目し、その学習時間が何によって規定されているのかを分析しています。この論文では1979年と1997年で学校外学習時間が平均的に減少していて、さらに父親の学歴(大学・短大専門・高校・中学)や父親の職業(専門・管理、事務、販売・サービス、自営業、マニュアル、農業)、母親の学歴を基準に見たときに、その階層間格差が拡大している、つまり、父親の学歴が高いほど・父親の職業に専門性が伴うほど・母親の学歴が高いほど、学校外でたくさん学習するということがわかります。

ここまではなんとなく当たり前ですね。でも、そもそも入った高校のランキングが高い・普通・低いの違いによって勉強時間は変わりそうだし、平均値で論じるのはまだ階層間格差についてちゃんと言えていないんじゃないの?と思った人は次の分析に注目…

学習時間=定数項+父職業*x1+母学歴*x2+男子ダミー(男子だったら1、女子なら0を入れます)*x3+高校ランク1or2or3*x4 という式を立てて分析を行ってみると、なんと母親の学歴が有意に!!つまり、高校のランクをコントロールして影響が出ないように分析をしたとしても、母親の学歴が高い家では学習時間が長くなり、母親の学歴が低い家では学習時間が短くなることが分かったのです。

確かに、1997年では特に、母親と一緒に過ごす子どもの方が多いから母学歴が有意に影響したのでしょう。努力すらも家庭環境に規定されているとしたら。。。。恐ろしいですね。でも感覚的には正しそうです。

まとめ

努力の天才は育ちの良い坊ちゃんと言い換えられるかもしれませんね。報われない世の中です。

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