発達障害支援員としての3ヶ月

発達障害支援員のバイトを3ヶ月やっていました

3ヶ月週一合計110時間程度。人間がある技術をプロ並みに高めるために必要な時間がだいたい10000時間程度(諸説あります)と言われているところから考えて、僕は発達支援のプロフェッショナルの1%程度の技術や考え方を習得したかもしれません。感覚値的には0.1%や0.01%程度な気はするけど・・・。

タイトルのこと

僕はこの3ヶ月を通じて「優しさ」の自分なりの定義をずっと考えていました。もちろん色々な意見があることは承知ですが、僕にとって優しさとはすなわち「想像力」だと思います。他人のことをどこまで自分ごとに想像できるか、向き合っている相手の困っていること、欲求、苦しさをどこまで想像できるかの想像力こそが優しさの定義だと感じました。

僕は優しくない

この3ヶ月、自分が個別に教えてきた子の日常の困り、興味、将来やりたいことを想像しようとしてきました。でもぴったりとわかることや共感することはどうしてもなかった。仮説はいくらでも立てられるけどその仮説が正しいかどうかは僕はおろかその相手すらもきっとわからない。想像することはとても難しかった。だから僕から見てその想像力を有している社員の方々はとてつもない超人に見えていた。なぜそこまで想像できるのか、言い換えるとなぜそんなに優しい人間であれるのか。

とにかく自分に置き換えて考える

例えば、文章問題を前にして一切解こうとしない子がいたとします。やらなきゃ!と声をかけても「つまらない」「やりたくない」と返ってくる。僕が作った教材なのに(笑)
置き換えていない自分だと「何やねん!!!せっかく作ったのに!」となってしまいます。でもここで「今の自分」に置き換えてみようと試みてみました。

目の前に12個上、つまり34歳の眼鏡かけた男性が立っています。その男性がいきなり「君、この問題解いてみなよ」と言ってくる。問題を見てみるとやったこともない物理の数式がズラーーーーーー。「いや僕に解けるわけないし!文系だし!何じゃこれ、意味わからないしつまんない、やりたくないわ」

そう、僕が教えようとしていた相手もきっとこんな気持ちになっているんじゃないかな?と自分に置き換えて考えてみることにしたのです。そうするようになってからは、「こうしたら伝わりやすくなるか」「この子に今出題してあげるべき適切な難易度の問題は何かな」「そもそもこの子はこれに興味があるんだっけ?」というふうに考えやすくなりました。

まとめ

僕はどうやら優しくはないです。人が今何に困ってて、何がしたいのか、を正確に想像することができないからです。でも自分に置き換えさえすれば、擬似的にその子の気持ちになれます。

3ヶ月、110時間、1%プロフェッショナルが学んだのは優しくない自分が人に何かを伝えるとき、どうしたら自分ごとにできるのかの手法だったのかもしれないなと思います。

p.s.

この職場で出会った人たちに心から感謝します。週一たった3ヶ月にも関わらず、何から何まで教えていただき、仲間に入れてもらい、本当に楽しかったです。ありがとうございました。

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